2019

全身に対応したツボがある足、手、耳。
顔をみれば不調がわかるとも、
足から過去と未来もわかるという人もいる。

イームズの「Powers of Ten」という映像もそうかな。

部分と全体、極小と極大の相関関係。

数億の配偶子が、オンリーワンを目指すところから始まるせいか
よーいどんで一斉にスタートせざるおえない、いろんな競技、
名前を広めるためにプロモーションせざるおえない、という一連の構造。

純度の高いメタンフェタミンをつくること。(例:ブレイキングバッド)
遠くまで飛ぶロケットをつくること。
どんなもんだい!というモノをつくること。

違いはなんだろうか。

こういう仕組みにただ動かされているだけではないかい?
と思ったので、とりあえずインスタなんかを止めてみてました。
見えている世界を作っているのが自分なのであれば、その表れ方を変えることができるかどうかの実験。身体vs思考。

そこにも大いなる囚われがあるのはわかっているつもりです。ややこしいことに、それをひっくり返さなければならないと思いこんでいるのです。困ったものです。

ところで、手を動かしていると、そんな脳みそをすっ飛ばして、あれ何だこれ、という瞬間があります。
こちらで勝手に作った靴で人をひっくり返すというのは難題です。教室であれば、自分で作る→あれ?すごい?→これもできるんじゃないかな?→楽しー↗となって、各々ひっくり返えったらいい。

おっと。

いい陶器をつくるには格闘してはいけない
そよ風に吹かれて丘をくだるように

そう濱田庄司が言っていたと、ウォーレン・マッケンジーがドキュメンタリーで述べていました。

いつでもそうありたいものです。
今年もよろしくお願いします。