6月某日、サツマイモ栽培に誘ってもらって、人生初の苗植えに行きました。初心者十数人がスコップとクワで畝を立て、1000本の苗を半日がかりで植えたのでした。
7月某日、草取りを兼ねて様子を見に行きました。前回はくたびれて振り返る余裕もなかったのでしょう。見渡してみますと、畝はウネウネ、高いところ低いところ幅もいろいろです。そして畝の高いところは両脇の低いところだけに草が生え、畝の低いところは畝の上面まで草が生えています。サツマイモも畝が低いところのほうが生長が早そうです。なるほど、高いところは水が届きにくいのかもしれない。植物も環境の微妙な差を見極めているのだなぁと、生長度合いを見比べるのはとても興味深く、植えるときはしなしなだった苗とどこから来たのかわからない雑草の生命力に感心しっぱなしでした。
教室でクツを何足も作っている人が、「全然上達してる気がしない。一足目が一番だったんじゃないか。」と言います。自分もそう思ったことがありますし、比較的よくある話となっています。今回の畑仕事で気付いてしまいました。この先、どの条件だといいサツマイモができるのかわかってしまったら、もう無心で畝を立てることはできないかもしれない。今年のイモはどんな出来になろうと面白く思えそうだけれど、次に芋を育てたとしたら、全然上達してない、と言ってしまうに違いない。
カテゴリー: 月刊冷泉荘
2023/7月号 DIY
靴づくりの教室ではミシンを使いますが、最初その練習も兼ねて仮の靴を作ります。練習だし気楽にどうぞとこちらは言うものの、ステッチが曲がってしまうとがっかりしてしまう人がおられます。物理的に縫い合わせるのが一番の目的で、初めて触る道具でもあるし、いきなりバッチリなステッチだとこちらが恐れ入ってしまいます。少々揺らいでいたとしてもしっかり縫い合わさっているのであれば、みっちり具の入ったサンドイッチや、持った瞬間重くてびっくりするような弁当のように上等です。こちらはそんな風に考えているのですが、大抵の人はそうは思わず縫い目に対して負い目を表明するのです。そんな中、曲がりくねって革の縁から脱線したりして自由すぎるステッチにもかかわらず「できました!」とあっけらかんと言う人が現れまして、何かコメントしたほうがいいのか迷いましたが、逸脱に厳しい日本社会への光明かもしれない、と前向きに捉えることにしました。ただその後、本番の縫製に取り掛かかりましたところ、練習の時は一体なんだったのかというほど真っ直ぐなステッチをかけられたのでした。
振れ幅があると思いもよらないものが出来たりすることもありまして、どこまで許容したものか線引きが難しいところなのですが、つい歓迎してしまうのです。DIY(どうなってもいいからやってみよう)、教室の姿勢としてはいかがなものかと思いますが、そのDIY精神の魅力に抗えないでいるのです。
2023/6月号 AIに聞いてみた
最近人工知能ChatGPTが話題になっていますが、一体どんなものなのか試しがてら、「靴を履く、履かない」というテーマで、一人二役、賛成派、反対派で議論してもらいました。
ここからAI→
賛成派:靴を履くことは足の保護と快適さのために重要です。履くことで足を守り、外部の要素から守ることができます。靴は衛生的で、ケガや感染症のリスクを減らすことができます。また、靴は足にサポートを提供し、歩行や運動の効率を高めます。靴は社会的な場でも重要であり、一般的なマナーとして求められています。靴を履くことは、快適さ、安全性、衛生面、そして社会的な規範に適合するために必要です。
反対派:靴を履かないことは自然な足の使い方に近づくことを意味します。裸足で歩くことは足の筋肉を鍛え、バランスを改善し、足の健康を促進します。また、靴を履かないことは地面の感触を直接感じることができ、足の感覚を高めます。靴を履くことで足の動きが制限され、足にとって不自然な負荷をかける可能性があります。靴を履かないことは自由で自然な選択であり、個々の足に合った最適な状態を追求することができます。
←AIここまで
結局折り合いはつかなかったのですが、なんだか靴だけの話でもないような結果で興味深いですね。靴はファッション、健康、文化、ジェンダーなど色んな切り口がある道具ですが、いずれにしてもバランスは使う人次第、足と靴のいい関係は自分で見つけないといけない、という当たり前といえば当たり前の結論となりました。しかし、すごいツールが現れたものです。
